コラム「みんなの医療制度」 その56

中医協委員の“資質”―厚労省提案におさらばを

 このコラムをご覧いただいている方の中には、中医協を傍聴しておられる方もいらっしゃるのでしょうか。

 政権交代のごたごたに伴う委員改選の騒動も落ち着き、10月から新委員による議論が本格化していますが、議論の遅れを取り戻そうと毎回の会合は朝9時から正午までみっちり3時間の日程が組まれています。

 正午までの時間内に終わることはまれで、1時間程度ずれ込むことも日常茶飯事です。傍聴者は、4時間にわたってすし詰めの傍聴席で身動きがとれないわけです。そのうえ、傍聴は先着順であるため、会場には6時台から列ができます。会場の広さにもよりますが、だいたい8時ぐらいがデッドラインです。

 6時半から並ぶと、正午で議論が終わったとしてもその時点で5時間半が経過しています。並んでいるのは、「指定席」が与えられる記者クラブには加入していないマスコミ、医療関係者、製薬企業の担当者、コンサルの皆さんなどが多くを占めているように思われますが、皆さん当然、午後にも仕事があるでしょう。ご苦労さまです。

 それが毎週、水、金の週2日のペースで開催されているわけですから、まさに中医協の傍聴は体力勝負でもあります。近頃は、さながら花見の席取りのように、朝早くから列に並んで席を確保する人と、実際に傍聴する人を分けている光景も見かけます。

 「そんなことをしてまで傍聴しなくても……」とあきれられそうですが、民主政権でさらに影響力がそがれそうな状況になっているとはいえ、結局のところ具体的な点数配分は中医協でないと分かりません。傍聴者が知りたいのは、入院医療や小児・産科救急の充実といった、すでに分かり切っているざっくりとした方針ではなく、個別点数の行方なのです。

筋書きなしの展開

 体力勝負はつらいものの、その分、議論は面白くなってきています。前例を踏襲しない新委員が加入したことにより、「筋書きのないシナリオのドラマ」が展開され、4時間にわたる議論もさほど退屈しません。

 その中心となっているのは、日本医師会の委員に代わって診療側の委員に加わった大学病院の代表者です。

 新委員が初めて全員顔を合わせた9月末の総会ではいきなり、薬価の在り方を議論する中医協の薬価専門部会の委員に内定していた人事案をけり、交代を求めました。本来、この程度の人事案は事前に調整し、総会ではたんたんと了承するのが通例ですが、まさにぶっつけ本番の議論が展開されたのです。

 要は事務局の厚労省側の調整が十分でなかっただけの話ですが、あらかじめ厚労省から手渡されている「シナリオ」にはなかった展開だっただけに、議論を仕切る会長も当惑している様子でした。別の委員が「私が交代します」と申し出たことで事態は収束しましたが、波乱の中医協の到来を予感させました。

 それは的中しました。診療報酬改定に向けた議論はこれまで、事務局の厚労省が「論点」というかたち、例えば「○○する医療機関を診療報酬上で評価することをどう考えるか」というまどろっこしい提案をし、その賛否を委員間で戦わせることが通例です。委員が会議の席上、具体的に何かしてほしいと提案をすることはまれです。

 ところが、この大学病院の代表者は勤務医の負担軽減策の特効薬として、来年4月の診療報酬改定で医師の技術料を切り離す「ドクターフィー」を導入するよう迫ったのです。改定まで残り半年を切った段階で、法改正を伴う制度の枠組みを大きく変える提案をする「勇気」は、従来の政策決定プロセスやスケジュール感を知ったこれまでの委員にはありませんでした。「無謀」に近いからです。

 中医協を仕切る会長もやはり、時間的な制約からやんわりと次の次の改定に向けた継続課題の位置付けにトーンダウンさせるよう働き掛けましたが、この大学病院の委員は「次の改定でやれるというから、(民主党の要請に応じて)中医協委員になることを引き受けた」と引き下がりませんでした。そして、実際に導入するかどうかは別にして、とりあえず議論のテーマにはするという了承を取り付けたのです。

 産科救急をめぐる議論の最中に「あんた現場が分かっていない」と、厚労省の課長を叱りつけるという場面もありました。また、中医協の事務局である保険局の医療課長を「○○君」と呼び、呼ばれた本人がたじたじになる一幕もありました。ふだんは、こう呼んで接しているようですが、ぽろっと口をついて出てしまったのでしょう。

官僚主導を要望

 面白いのは、議論が想定しない方向に飛躍すると、改選されていない以前からの委員が懸命に厚労省が示した論点の賛否に議論を引き戻そうとするのです。ただ、その論点に対して細かな注文を付けたりするだけなので、議論にダイナミズムは生まれません。民主党が忌み嫌う、いわゆる「官僚主導」の議論とも言えます。

 しかし実際には、多くの委員がそうさせているのが実情です。先ほども触れましたが、このところの中医協委員の発言には「私は○○を導入した方がいい」「私はこう思う」という意思表示が少なく、「事務局(厚労省)はどう思っているのか」という確認のような質問が非常に多くなっています。

 官僚主導の批判を意識して厚労省が論点の提示に遠慮気味になっていると、委員からは逆に「事務局がどうしたいのか示してほしい」「たたき台をつくってほしい」という要請がしばしばあります。議論を効率的に進めたいという思いもあるのでしょうが、ゼロベースから何かを構築する意識が従来の委員には薄いといえます。

 中医協にかかわらず、政府の審議会の委員は、自らの提案を実現させることが可能で、その賛否を委員間で戦わせることが本来の議論の姿です。何がしたくて委員になったのか、この大学病院の代表者を見てあらためて考えてほしいと思います。例え、受け身でもあっても委員を引き受けた時点から責任は発生します。

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