コラム「みんなの医療制度」 その51

数え切れない試金石――長妻厚労相が始動(下)

 民主政権下では、公約として掲げた後期高齢者医療制度(長寿医療制度)の廃止など、社会保障政策の枠組みにかかわるかなり大がかりな課題が少なくありません。

 後期高齢者医療制度に対しては周知不足などが災いし、2008年4月のスタート当初にはかなりの混乱を招きました。ところが、いまは混乱をあおったマスコミの過熱報道も冷め、「廃止するっていうけど、いったいどうするんだ」という論調にシフトしています。

 ほころびが生じれば修正するのは当たり前ですが、持続可能な医療保険制度を構築するという本来の目的を見失い、そのときどきの感情論に左右されることほどばかげたことはありません。麻生内閣、いや自民党はそれで行き当たりばったりの右往左往ぶりを露呈し、ますます信頼を失ったのですから。

 後期高齢者医療制度を廃止することに伴う時間的なロス、無駄な予算はどれほどに上るのでしょうか。想像もつきません。政権交代とはそういうものだと割り切ればそれまでですが、残念ながら打ち出の小槌は存在しません。

 医療保険を地域単位に再編したとしても、次から次へと問題は出てきます。何のための制度改革なのか、ビジョンを明確に打ち出し、信じさせることができるかどうかにかかっています。きっと自民党ですら経験したことのない「生みの苦しみ」に直面することになるのでしょう。

 無駄といえば、2009年度補正予算の凍結の行方も気になります。このコラムの45でも触れていますが、補正予算の中には3100億円の「地域医療再生基金」が含まれています。未執行のため、凍結リストに上っています。

 この基金を活用するには、10月中旬までに2次医療圏単位の地域医療再生計画(5年間)を都道府県が作成し、厚生労働省に提出しなければなりません。厚労省の有識者会議に認められれば、事業に必要な予算が分配される仕組みで、都道府県が基金として蓄えます。

 この基金は、あくまで地域の医師不足をはじめとする喫緊の課題を解決するのが目的ですが、果たして有効に活用されるのでしょうか。疑念は消えません。

 というのも、民主党は中央集権型の政治を改め、地方の意思が尊重できるよう分権を進める意向でいるようですが、地方自治体に任せればいいというものではありません。地縁、血縁に縛られた地方議会は国政より遙かにチェック機能が弱いのが実情です。地域の有力者から支援を受けた首長の権限は絶大です。

 気になるのは、「地域医療の再生」という美名の下、またも余計なハコモノができやしないかということです。厚労省は、再生計画のモデル例として地域の医療機関の再編や統合を示しています。診療所や中小病院の機能をスリム化し、大きな基幹病院を整備するという内容ですが、「ハコモノ先行」のイメージはぬぐい切れません。

 また、都道府県によっては基金の運営を管理する新たな組織を設けようという動きもあり、役人の天下り先になりかねません。

 地域医療を再生するという目的が目的だけに、厚労省内には民主党が今回の3100億円をすべて凍結することはないだろうとの見方もありますが、今回は「医師不足解消のため、いまこれをしなければならないが、予算がなくてどうしてもできない」という事業に特化するべきでしょう。

 とはいえ、今回の基金の使い道には、特殊な「縛り」があります。景気対策の中で急きょ降ってわいた「一時金」であるため、医師の給与アップであるとか将来もずっと続ける事業を実施する場合、5年間の計画終了後はすべて都道府県が予算を持ち出して対応しなければなりません。

 となれば当然、せっかくだからもらえるものだけもらっておいて、とりあえず新しい病院でも整備しておくか、という発想になってしまいます。そもそもの設計が無駄を誘発する仕組みになっているのです。病棟を立派にしたところで医師は来ません。

 民主党が仮に今回の3100億円を存続させたとしても、無理にすべて使い切る必要はまったくありません。厳密なチェックがされることを切に願っています。

●気になる診療報酬改定

 政権交代後、医療関係者が最もやきもきしているのは、後期高齢者医療制度でも、地域医療再生基金でもなく、診療報酬の改定プロセスの行方ではないでしょうか。民主党は中医協の見直しを掲げていますが、来年4月の改定まで、実質的に議論できる期間は5カ月もありません。

 選挙前に当時の岡田克也幹事長は、国会議員が診療報酬改定に関与する仕組みを打ち出していましたが、党全体でコンセンサスを得られているわけではなく、あくまで個人的な見解と受け止められています。

 新たに設置される「国家戦略局」という組織が関与する、といった漠然とした観測があるだけで、一切、具体的なスキームは降りてきていません。このため、診療報酬改定の基本方針を作成することになっている社会保障審議会の部会はストップしたままで、厚労省内には「次の改定は今の仕組みでできるよう長妻大臣にお願いしたい」という声もあります。

 実は、長妻厚労相がまず試されるのは中医協委員の選任です。実は、中医協委員の多くが10月1日に任期が切れます。その中には、その我田引水ぶりが多方面から批判されて久しい日本医師会の委員3人も含まれており、任免の権限がある長妻厚労相がすんなり再任を認めるのかどうか、大いに注目を集めています。

 2004年の汚職事件に端を発した中医協改革では、業界団体が委員を推薦する「団体推薦制」は廃止されましたが、現実には業界団体の意向に沿った委員を大臣が追認しているのが現状です。長妻厚労相が自らの意思のみで委員を任免し、その慣習を打ち破れるかどうか――。

 今後の厚労行政の行方を占う試金石は、無数に転がっています。

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