コラム「みんなの医療制度」 その50

「脱・官僚」「脱・業界団体」――長妻厚労相が始動(上)

 「民主党のマニフェストは国民と政府の契約書、あるいは国民からの命令書。熟読しどうすれば実行できるか知恵を絞ってほしい」

 民主党のマニフェストを指し示し、集まった職員にこう訓辞する長妻昭厚生労働相の姿を記憶されている方もきっと多いでしょう。民主党の圧勝を受け、新たな厚生労働行政がとにかくスタートを切りました。

 「脱官僚」をキャッチフレーズにした民主政権では早速、“部下”たちの言動にも変化の兆しが見え始めています。

 例えば、ブリーフィングなどで政策の中身を説明する官僚からは「方針にかかわるようなことを言ってはいけないから……」「私から言えるのはここまで……」という台詞がずいぶんと多用されるようになりました。

 民主政権では官僚による記者会見が原則、禁止されましたが、あらかじめフレームが決まっている政策の中身などを解説するブリーフィングは許されています。

 ただ、これまではブリーフィングといっても課長クラスが私見を交えて大きな方向性にまで言及することもありました。それがあたかも厚生労働省全体の方針と受け止められ、マスコミもそのように報じました。

 しかし、政権交代後、いまのところこうした言動は影をひそめ、官僚たちも表向きは自嘲している感があります。ですが、内心「俺たちなしでやれるものならやってみろ」という思いではないでしょうか。

 政権交代を象徴する民主党らしいこんなエピソードもあります。

 ある医療関係団体が長妻厚労相に大臣就任の祝電を打ったところ、なんと送り返されてきたそうです。祝電ぐらいで目くじらを立てることはないようにも思えますが、官僚と結託してきた業界団体も民主党からすれば「同じ穴のムジナ」に映るのでしょう。

 業界団体の集票力をあてにし、親密な関係を保ってきた自民党政治からの決別宣言にほかなりません。

 そんな決別宣言とは対照的に、長妻大臣との引き継ぎを控えた日の午前中、前大臣の舛添要一氏はせっせと業界団体にあいさつ回りに出掛けていました。

 舛添氏も業界団体や族議員をものすごく嫌っていたのですが、なんでいまさらそんな退任のあいさつ回りをするのかと周囲も首をひねっています。その日の朝、突然、来訪を告げられたある団体の幹部は「今になってどうして。自民党はそこまで困っているのか」と勘ぐっていました。

●2人の厚労族議員

 さて、長妻厚労相が年金問題の追及で名を挙げたことは知られていますが、もともと政権交代を念頭に設けられていたネクストキャビネットでは「ネクスト国土交通相」を務めるなど、社会保障全般に精通しているわけではありません。 必ずしも精通していることがいいわけではありませんが、政策通のブレーンがいないと結局、官僚の理論に言いくるめられてしまうことは火を見るより明らかです。

 長妻厚労相を支える副大臣、政務官を見てみましょう。

 副大臣は、ネクスト法務相や党非正規労働問題プロジェクトチーム座長などを務めた細川律夫衆院議員が労働担当です。ネクスト環境相、国交相などを歴任した長浜博行参院議員が厚生担当となりました。2人とも厚生労働行政のスペシャリストとは言えません。

 ブレーンとなりそうなのは、政務官の2人です。山井和則衆院議員、足立信也参院議の2人いずれも民主党の「厚労族議員」いや、「厚生労働専門議員」といっても差し支えないでしょう。

 母子加算の復活を声高に訴える山井氏の姿をテレビで見たこともあるかもしれませんが、衆院の厚生労働委員会の野党筆頭理事を務めた経験もあり、社会保障とのかかわりは深く、厚労省の官僚からは非常に嫌われています。2006年の小泉内閣による医療制度改革には先陣を切って反対しました。

 押しの強いいわゆる「うるさ型」といえ、民主党の圧勝後、これから政策決定をトップダウン型に切り替えていこうという時期に、単なる1議員の立場で母子加算の復活がほぼ確定したようなもの言いをしていたのが印象的でした。外でがやがややられるより、政権に取り込んでしまったほうが得策と判断されたのでしょう。

 もう1人の足立氏は医師で、もの静かですが、やはり押しの強さがあります。選挙を挟み、党の政調副会長として厚生労働分野を仕切っていた人物で、今の政策決定の仕組み、とりわけ現在の診療報酬の決定プロセスにはかなり批判的です。

 厚労省に限らず、自民党時代の政策決定プロセスは、まず省庁が設置した学識経験者による審議会が政策の方向性となる報告書を作成します。その内容について族議員の了承を得て、自民党として決定し、法案化したものを国会で通過させる、という流れが一般的でした。

 ところが足立氏は、その審議会に参加する学識経験者自体が手あかにまみれた「御用学者」であると切り捨てています。官僚の言いなりにしかならない人材を集めても、「国民目線」の政治はできないという理屈で、そこからメスを入れなければいけないと考えています。

 せっかく自民党政治が代わったのですから、閉塞感をぶちこわす新しいアイデアどんどん取り入れてほしいと思います。ただし、実態のない「国民目線」という言葉に縛られると、足下をすくわれるでしょう。

English