コラム「みんなの医療制度」 その43

根拠に基づく政策立案の難しさ―厚労省の“出直し”かけた報告書

 奥田碩・トヨタ自動車相談役が座長を務める「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」が3月末、最終報告を決定しました(報告の内容は首相官邸のサイトからご覧になれますhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/kourougyousei/kaisai.html)。

 この懇談会は、年金記録問題やら、薬害肝炎問題やら、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)をめぐる混乱やら、失点続きの厚生労働省行政を立て直すために設置され、これまで9回の議論を重ねてきました。

 昨年末に公表された中間まとめを下敷きに、最終報告では具体的に組織の在り方まで踏み込んだ対策が追加されなければならなかったのですが、その内容を見てみると具体的な処方せんはほとんど見当たりません。

 とにかく組織が巨大すぎて、どこからどう手をつけていいのか、途方に暮れてしまっている、といった印象を強く受けます。

 前段は、とにかく「反省」のオンパレードです。

 まず、年金問題です。実際に給付段階になった時点でやり直せばいいという「先送り体質」が組織に浸透し、正確な記録の作成や保管、管理という基本的な業務が果たされていなかった、と断定しています。

 長寿医療制度の混乱に対しては、新制度に関する説明の「決定的不足」や、そもそも後期高齢者という呼称に配慮が足らなかったと認めています。また、広く高齢者の意見を幅広く聞く努力をしなかったことも問題の1つだったと指摘しています。

 次に薬害肝炎問題。患者の立場に立った対応が不十分だった点に加え、原因となったフィブリノゲンに関する資料がきちんと引き継がれていなかった「ずさんな資料管理」という問題があった、と認定しています。

 そして、「自らの権益、出先、職場を増やすため政策を立案するようなことはなかったかを反省し、必要性の薄い事業への着手回避と、既存事業の厳格な見直しが求められていることを認識しなければならない」と猛省しています。

●行政文書とは思えない表現

 「先送り体質」「決定的不足」「ずさんな資料管理」と続き、果ては「省益のための政策立案」だったのではないか、と振り返る始末。報道で常套句のように用いられていた、どこか借り物の文句を並べただけのような気もしますが、おおよそ行政文書とは思えないような厳しい表現が並んでいます。

 こうした数々の猛省を踏まえた「答え」として真っ先に導き出されたのが、「政策立案は根拠に基づくものに改める」ということです。では一体、いままでの政策は何だったのでしょうか?と思わず突っ込みたくなる内容ですが、これを理解するには少し補足が必要です。

 この答えを導き出す前段には、これまでの政策立案の過程について「限られた範囲の利害関係者間の調整に基づいた結果、場当たり的で、国民への説得性に欠ける内容となったものもあった」と記されています。これでは政策立案の過程で業界団体や政治にねじ込まれたためにろくな政策立案ができなかったといわんばかりです。

 つまり、根拠に基づく政策立案を目指すということは、根拠なく、感情や既得権益を守るためだけにいちゃもんを付けてくる政治家や、彼らを支える業界団体との決別を意味します。

 ですが、いまの政治の仕組みでは、まず不可能ではないでしょうか。日本はとかく「官僚政治」といわれていますが、なんだかんだ最後に決定しているのは政治家です。審議会の専門家が知恵を出し合い、固まった根拠に基づく政府の政策立案を最後に政治がゆがめてしまっているという例は少なくありません。

●感情論に右往左往

 その最たる例が長寿医療制度の見直しでしょう。限られた医療財源を有効に活用するため、75歳以上の高齢者にも相応の負担を求めるという制度設計で、さんざん議論を尽くしてスタートしたはずでした。

 ところが、いざ始まってみると「75歳以上は死ねということか」といった感情論をメディアがたきつけ、すぐに腰が引けました。確かに説明不足は否めないかもしれませんが、どういう目的でこのような制度をスタートさせるのか、時間をかけて理解を求めれば解決できたはずです。

 とりあえず3年ぐらいは実施して医療費がどう推移するのかを見極めてからならまだしも、何の根拠もなく、あっさりと見直し作業に着手してしまったのです。「後期高齢者」という名称は確かに不適切かもしれませんが、75歳を境にかかる病気の質や受診動向が変わるという根拠があったはずです。

 政治家は民意に敏感でなければならないことは言うまでもありませんが、こんな感情論にいちいち反応していては「愚衆政治」の批判は免れないでしょう。後世に迷惑をかけない、持続可能な医療保険制度にすることが政治の使命です。

English