コラム「みんなの医療制度」 その42

日本の薬価制度は本当に良くないの?−見直し議論が本格化

 国民医療費というと、すぐに医師の技術料である診療報酬が思い浮かびますが、おおざっぱに約30兆円のうちの5分の1は薬価です。

 薬価とは医薬品の単価で、診療報酬と同じように1つひとつの製品ごと国が決定します。ドラッグストアで売られている一般用医薬品(OTC薬)は企業が自由に価格を決めることができますが、医師の処方に基づいて服用する医療用医薬品に限り、そうはいかないのです。

 最近では、医療機関の窓口や、病院のすぐ前の調剤薬局で医薬品の代金を支払うと、明細書に単価が示されていることも少なくないと思います。患者が医療機関や調剤薬局で医薬品を購入する金額が薬価なのです。薬価は、製薬メーカーの売上げの原資になります。

 では、薬価はどうやって決まるのでしょう。新薬の場合には、すでに発売されている類似薬や、海外での販売価格(日本より先に海外で売られているケースが少なくないため)を参考に決められ、効き目が画期的である場合などにはさらに上乗せされます。一方、類似薬がない場合には、原価計算方式といって、製造原価に一定の利益を上乗せする値付けをします。

●2年に1度、下がり続ける

 新薬でなく、すでに発売されている医薬品の薬価については、診療報酬と同様、原則として2年に1度の見直しがあり、中央社会保険医療協議会(中医協)で決定されます。卸が医療機関に納入している金額(市場実勢価格)を調査し、その金額に流通経費などとして2%を上乗せしたものが薬価となります。

 医薬品の流通は一般の商慣習とは異なり、かなり複雑に入り組んでいます。患者が支払う薬価は公定価格なのですが、メーカーが卸に売る金額(仕切価)、卸が医療機関に売る金額(市場実勢価)は自由価格です。流通している間は、いくらで売買してもいいことになっているのです。

 とはいえ、公的医療保険制度で薬価の7割は保険料と税金で賄っている以上、ずっと放置しておくわけにはいかないため、2年に1度の改定で、薬価と市場実勢価の差を埋めるのです。

 医療機関にとっては、患者からもらう薬価と、卸からの納入価である市場実勢価格との差(薬価差)はそのまま利益になります。このため、医療機関は卸に対し、強い値下げ圧力をかけます。そうすると市場実勢価が下がるため、それに連動する薬価も2年ごとの改定で下がり続けるのです。

 前置きが長くなりましたが、この薬価制度を見直そうという議論がいま、中医協で本格化しています。

 もともとは製薬メーカー側の提案なのですが、特許が切れていない新薬や希少疾患薬については、薬価を引き下げない「薬価維持特例」の導入が柱です。ご承知のように医薬品は、特許が切れれば同じ成分のジェネリック(GE)が市場に出回ります。せめてその間は、値段を下げないでほしいという要請です。

 製薬メーカーにしてみれば、新薬の開発に投じた1000億円規模のコストを一刻も早く回収し、別の新薬の開発に回したいという思いがあります。世界最大市場の米国では新薬の価格は特許が切れるまで上昇する傾向があり、欧米の製薬メーカーとの競争に勝つためにも環境をそろえてほしいと望んでいるわけです。

●ブロックバスターの開発は困難

 新たな薬価制度は、決して製薬メーカーにとって都合の良いことだけではありません。

 特許が切れ、GEが発売された後の薬価改定時には、それまでの累積分を一気に引き下げることになっています。そもそも薬価を引き下げない新薬は、薬価と市場実勢価の差が全体平均を下回っている製品に限ります。言い換えれば、安売りされにくい医薬品、つまり、競争力のある画期的な新薬だけに限定されるのです。

 いわば、それだけ魅力のある医薬品を開発し続けられる企業でなければ、この新たな薬価制度の恩恵を受けることはできません。開発力がない製薬メーカーは、かなり厳しい経営環境に追い込まれることになります。

 年間販売額が10億ドルを超える大ヒット製品を「ブロックバスター」と呼び、それぞれ製薬メーカーの売上げはわずか数種類のブロックバスターが支えています。ブロックバスターは患者数の多い生活習慣病領域の医薬品を中心に1990年代に相次ぎ生まれましたが、2010年前後に米国などで次々と特許切れを迎えます。「2010年問題」です。

 米国では特許切れを迎えると、GEが猛烈な勢いで参入し、7〜8割をGEの売上げに塗り替えます。新薬メーカーは「2010問題」を乗り切るため、血眼になって新たなブロックバスター候補を探していますが、既存薬と比べて圧倒的に優位に立つことのできる医薬品の開発は困難な状況になりつつあります。

●特許が切れても稼げる日本モデル

 中医協でのこれまでの議論では、製薬メーカー側に対し、新薬の薬価を維持する代わりに、GEを普及させる仕組みも構築するべきだとの要請がありました。ますます米国の薬価制度と似てくることになるのですが、新薬メーカーにとっては画期的な新薬が開発できず、GEばかり普及する、という最悪のシナリオも想定できます。

 優勝劣敗がはっきりしすぎる米国型経済のほころびが表面化する中、薬価はじわじわと下がり続けるものの、特許が切れた製品についても製薬企業がそこそこ稼ぐことができる「日本型モデル」にも見直される点はあると思うのすが…。

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