コラム「みんなの医療制度」 その32

厚労省はいったい何が問題なの?−有識者が見直しの懇談会

 トヨタ自動車取締役相談役で、日本経団連の会長を務めた奥田碩氏が座長を務める「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」という会議が首相官邸に設置され、議論を開始しました。

 年金記録問題、薬害肝炎訴訟、後期高齢者制度をめぐる混乱…と、とにかく話題に事欠かない厚生労働省。その運営の在り方を根本的に見直そうという会議です。年度内に一定の方向性が打ち出される予定です。

 会議の設置のきっかけになったのが、福田首相の肝入りで7月末に作成された社会保障政策の充実に向けた「5つの安心プラン」です。このプランの5つ目に当たるのが「国民の目線に立った厚生労働行政の総点検」で、検討の場として大臣や有識者らをメンバーとする会議を発足させ、改善策を議論しようということになりました。

 ところがこの会議、のっけから想定が狂いました。当初は厚労省内に設置される予定でしたが、自らの手による「自浄作用」は期待できないと判断され、会議の事務局を引きはがされました。その結果、首相官邸に設置するかたちがとられたわけです。

 会議のテーマとしては、すでに批判し尽くされた感もある「タテ割り行政」の解消や「情報公開の徹底」などが上がっています。これだけ声高に言われてもなお道半ば、まさに古くて新しいテーマということなのでしょう。

●旧省間のカベ

 縦割り行政といえば、旧厚生省が旧労働省と一緒になり、厚生労働省が誕生してからすでに10年近くが経過しました。ごく少数の幹部について、両省をまたがる人事が行われていることなどを除けば、とてもではありませんが、旧厚生、旧労働の壁が取り払われたとはいえない状態です。

 かねて指摘されていることですが、社会保障政策と労働政策は密接な関係にあります。特に、火の車となっている医療財政は、労働力の底上げによって補うことが可能です。例えば、長野県を見てみましょう。

 1人当たり高齢者医療費が63万4872円(2004年度)と全国で最も低い長野県は、とかく医療費削減策の先進例として取り上げられます。病院での平均在院日数も全国最短の27.3日(05年)という短さで、全国の都道府県が「追いつき追い越せ」といわんばかりにしのぎを削っています。

 ところが、その手本となる「長野モデル」の実態は必ずしも明らかにされていません。ザザ虫や蜂の子をはじめとする食生活や、祖父母を介護施設に預けることを気兼ねする県民性などが指摘されていますが、いずれも憶測の域を出ていません。

 そんな中、データとして唯一、低い医療費と関係がありそうなのが高齢者の就業率の高さです。長野県の65歳以上の就業率(00年の国勢調査)は31.7%と全国1位で、全国平均の22.2%を引き離しています。介護を必要とせず、自分で生活できる期間となる「健康余命」も男性が全国2位(95年)と良好です。

 高齢者の就業率が高ければ高いほど、支えられる側ではなく、支える側の高齢者が増えるわけですから、おのずと納められる保険料や税金も増えます。支出の医療費が削減し、収入の保険料や税金が増えるという図式が、まさに「長野モデル」の真骨頂ではないでしょうか。

 となれば、厚労省が音頭をとって進めている医療費適正化計画には、旧労働省の労働政策部局も深くかかわっている必要があります。が、実際にはほとんど連携はありません。定めた目標といえば、長野県の平均在院日数に近づけるための日数や健診の受診率などで、高齢者就業率には何ら触れていません。「5つの安心プラン」の中で、高齢者の就業確保を努力することが明示されている程度です。

 ましてや、旧厚生省内ですら十分な連携はとれていません。ちょっと古い話になりますが、2006年の医療制度改革で決まった療養病床の削減は、医療費削減策の事務局である保険局という部署が知らないまま、介護保険などを担当する老健局という部署が決めました。保険局内には療養病床の削減について、いまだ「老健局がやったこと」と他人事といわんばかりの空気が漂っています。

●人事にメス

 舛添厚労相は人事の在り方にメスを入れたいようです。厚労省には、東大法学部卒を中心にした事務官キャリアのほか、医師免許をもつ医系技官、薬剤師免許をもつ薬系技官などの専門職がいますが、こうした区分けが組織を複雑にしています。

 例えば、官僚のトップは次官ですが、なれるのは事務官のキャリアにほぼ限定されています。専門職である技官が次官に就く可能性はほとんどないといっていいでしょう。その代わり医政局長や健康局長、診療報酬改定を仕切る保険局(局長は事務官)の医療課長は医系技官といった具合に、一定のポストが割り当てられています。

 舛添厚労相はとりわけ、医系技官に対して強い問題意識をもっているようです。ある専門紙のインタビュー記事には「そもそも、なぜ医政局長と健康局長は医師でなければ駄目なのか。法律に書いてあるわけではない。事務官がなった場合のマイナスはどれだけあるのか。こういうところから議論を始めなければいけない」と述べた、書いてありました。

 舛添厚労相に対し、医系技官の幹部が「あなたは医師のことをまったく分かっていない」とでも言ったのでしょうか。舛添氏は、診療報酬改定を議論する中央社会保険医療協議会に対しても根強い不信感を抱いているようですが、医系技官の間に事務官が手出しできない「聖域」があるとにらんでいるのでしょう。

 厚労省内に横たわるさまざまな課題を外から改善してもらおうというのが今回の試みです。ただ、どこをどういじれば組織がどう動くのか一番良く知っているのは中にいる官僚たちです。問題意識を持つ優秀な人材を掘り起こすことも欠かせません。


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