コラム「みんなの医療制度」 その24

2年の準備期間があっても混乱−後期高齢者医療制度 (上)

 75歳以上を対象に、4月からスタートした後期高齢者医療制度がのっけからつまずいています。

 保険証の切り替えがうまくいかなかったり、保険料の天引きにミスがあったりと、連日のように報道されています。この制度は、2006年6月の医療制度改革関連法案の成立によって創設され、厚生労働省もこれまで2年近くかけて準備してきたのですが、一般市民も自分たちと同レベルの知識を持ち合わせていると考えるのは無理というもの。

 果ては「人生の終わりを連想させる後期高齢者という名称は失礼だ」といった、本来なら制度創設時に議論されなければならない根本的な批判まで飛び出し、政府は慌てて「長寿医療制度」という通称を持ち出す始末です。

 個人的には、おそらく10年の準備期間があっても同じような結果になったと思います。来年5月に開始することが決まった裁判員制度も、実際に始まると相当のトラブルに見舞われるのではないでしょうか。

●なぜ後期高齢者医療が必要か

 ただ、こうした混乱ぶりの伝え方にはいささかの疑問があります。

 特に、表層をなぞるだけのテレビ報道には不満を感じています。年金暮らしの高齢者に「年寄りは早く死ねってことかね」としゃべらせ、この制度を「姨捨山制度」と批判する野党の主張に丸乗りするスタンスには違和感を覚えます。そりゃ、だれだって負担が増えるのは嫌に決まっています。

 私は厚生労働省の代弁者ではありませんが、そもそもなぜ後期高齢者医療制度をつくったのかといえば、限りある医療費財源を有効に活用するためです。そのために、後期高齢者の医療保険を現役世代と完全に切り離し、これまで保険料を支払っていなかった被扶養者のお年寄りからも保険料を徴収、コスト意識をもってもらうようにしたわけです。

 後期高齢者が1割の自己負担で、いつでも、どの医療機関にも受診できる現行の「フリーアクセス」の仕組みは、日本の経済成長が右肩上がりで、後期高齢者を頂点に若者(保険料の払い手)が裾野に広がるピラミッド型の安定した人口構造だからこそ実現できる制度です。

 その人口構造は、すでに団塊世代と団塊ジュニアの世代が突出するいびつな形になっています。団塊ジュニア世代が後期高齢者となる30年〜40年後にはきれいな逆三角形になり、いよいよにっちもさっちもいかなくなります。もし、いまのようなフリーアクセスを維持するのであれば、消費税率20%は覚悟しなければならないでしょう。

 つまり、少ない負担で手厚い医療が受けられた「古き良き時代」にいつまでもすがるのは現実的ではない、ということです。テレビ報道は影響が大きいだけに、限られた時間であってもなぜこうした制度を導入する必要があるのか、という背景にも目を向けてほしいですね。

●財源の構造はあまり変わらず

 もっとも、この制度を導入したからといって、後期高齢者の医療制度に何の心配もなくなる保証はどこにもありません。財源の構造はたいして変わらず、カンフル剤程度の延命効果しかない、という見方も少なくないのです。

 いったい前の制度とどこがどう変わったのか、ちょっとおさらいします。

 これまで75歳以上の高齢者は、市町村が運営する老人保健制度の中で、医療サービスを受けてきました。ですが、小さな市町村は財政基盤が不安定であるため、新制度は都道府県内のすべての市町村でつくる広域連合(特別地方公共団体の一種)が運営することになりました。ただ、加入の手続きや保険証の交付などは市町村が行います。

 制度に加入する後期高齢者が医療機関を受診した場合、窓口で1割を負担し、残りの9割は保険から支払われます。

 運営にかかる費用は、後期高齢者自身が医療機関で支払う1割の窓口負担を除き、公費(税金)50%、現役世代が加入する医療保険者からの支援金が40%、後期高齢者自身が支払う保険料10%を充てます。だいたい全部で11兆円ぐらいかかるとされています。

 1割という医療機関での負担割合をはじめ、公費の投入割合、現役世代の保険料の一部を後期高齢者の運営費に充てる点では、老人保健制度と大差はありません。強いていうならば、以前は「拠出金」という名称だった現役世代からの仕送りを「支援金」という名称に改め、「世代間で助け合う」という理念を明確にした、という点が異なります。

●健保組合は難色

 支える側の現役世代が加入する健康保険組合は、いまでもこの「世代間で助け合う」という発想に難色を示しています。せっかく努力して財政基盤を強化しても、組合員に還元できず、「支援金」でごっそり持っていかれてしまうのであれば、運営の自主性が失われてしまうからです。

 今回の制度の創設で、後期高齢者と現役世代の医療保険制度は完全に分離したわけですが、財源の確保に行き詰まれば、すべての医療保険制度を統合しようなんて話も出てくるのではないでしょうか。


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