コラム「みんなの医療制度」 その2

司法捜査だけでは限界−医療事故の調査委員会が設置へ

 厚生労働省が、医療事故の調査委員会の設置に向け、具体的な検討に入りました。

 スエーデンや英国などですでに取り入れられている枠組みで、患者が死亡した医療事故の原因を専門家が客観的に分析する機関です。

 鉄道事故や航空事故に関してはすでに法律に基づいた調査委員会がありますが、医療事故にはありません。このため、遺族らは医療機関の説明に納得できない場合は、警察に駆け込み、真相解明を委ねざるを得ませんでした。

 ところが、司法機関である警察や検察は、刑法で定める業務上過失致死傷などに当たるかどうかだけを捜査します。「医療に100%はない」という医療者の声は退けられ、医療機関や医師の重過失だけを立証し、立件することだけを目指します。なぜ事故が起きたか、防止するにはどのようにするべきか、という大局的な見地からの検証はされません。

●産科医の逮捕がきっかけ

 今回、厚労省を動かすまでに至ったのは、1人でお産を切り盛りしていた福島県立大野病院の産科医が逮捕された昨年2月の事件です。

 帝王切開で無理に胎盤をはがし、大量出血によって患者を死亡させてしまったとして業務上過失致死と医師法(異状死の届け出義務)違反の罪に問われたのですが、医療関係者は「一定確率で起きる不可避な出来事」と一斉に声を上げました。こんな事態が放置されれば、医師は逮捕の恐怖におびえ、萎縮してしまうと警鐘を鳴らしているのです。

 厚労省は、医療機関が死亡事故を調査委員会に届け出ることを義務付ける予定です。これに基づき、調査権限をもった委員会が調べに入り、報告書を作成します。この報告書を事故の再発防止のほか、患者と医療機関の紛争解決に役立てようというわけです。裁判外紛争処理(ADR)です。

 厚労省はすでに日本医療機能評価機構という組織に委託し、300近い大学病院などから一定範囲の重大事故の報告を求める制度を実施していますが、これをすべての病院に広げ、きちんと法制化することが必要になります。

 厚労省は調査委員会の設置時期を明言していません。近く専門家による有識者会議を発足させて具体化を急ぐ方針ですが、年内にまとめて来年度予算に関係予算を盛り込み、合わせて関連法案を来年の通常国会の審議テーブルに載せる流れが有力ではないでしょうか。自民党の厚生関係議員もそんな日程を口にしています。

●「異状死」との関係は?

 ただ、解決しなければいけない課題は少なくありません。

 まず、医師法21条との関係をどうするかということです。21条は医師に対し、異状死を警察に届け出ることを義務付けています。では異状死とはどんな死を指すのかというと、「自然死ではない死」です。まるで禅問答のようですが、定義付けができていないません。異状死に当たるかどうかは現場の医師の判断に委ねられ、逮捕された産科医は届け出をしていませんでした。

 厚労省が調査委員会を設置されたとしても、この21条は存続します。異状死が発生した医療事故では、警察は警察で捜査することになり、明らかに医師に過失が認められる場合などは業務上過失致死罪で立件ということも当然あるでしょう。調査委員会ができたからといって、警察が捜査をやめるわけではありません。

 このため、異状死の具体的な範囲や、異状死に当たる医療事故が調査委員会に報告された場合もきちっと詰めなければなりません。また、調査委員会が調べる中で、医師の過失などが分かってきた場合についても同じです。航空事故や鉄道事故のこれまでの調査事例を参考に議論が進むと予想されます。


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